現代は、「情報格差」の時代だと言われます。
大量の情報の中から、必要な情報を効果的にインプットし、状況を正確に把握して判断を下し、自分の人生を思うように動かせるように行動を起こせる人と、情報にコントロールされ、カモにされてしまう人に別れてしまう時代です。
いわゆる情報弱者になったり、フェイク情報の被害者にならないためには、日本人はクリティカル・シンキングが必要であり、その具体的な方法として、ソクラティック法が必要であると、以前の記事で書かせていただいています。
今日は、クリティカル・シンキングやソクラティック法を用いて、一番気をつけなくてはならないリスクの巣窟、「利益相反」について検証していきたいと思います。
利益相反とは何か
「利益相反」という言葉は、英語のconfliect of interest (COI)に日本語を当てたものです。
その定義を調べると、以下のようになっています。
ある個人または組織の判断あるいは行動が、個人のための利益と本来あるべき業務上の義務との間で対立するために、信頼性を失った時のことをいう。個人の金銭、社会的地位、情報の入手、他者との関係、名声などに関する欲求が絡むために、判断権限をもった個人の行動の完全な中立性とがバイアスないことを保証できない場合発生する。
INVESTOPIA, 2022
要するに、会社における縁故採用、天下り、贈賄、裏口入学などの分かりやすいものはまず利益相反になります。
明確な利益相反は防止のための規則が設けられており、中には不正、違法行為とされる具体的な利益相反もあり、そういった行為に関係した人間には何らかの罰が与えられるようになっています。
ただ、厄介なことに、いまだに縁故採用、天下り、贈賄、裏口入学などは存在しており、時折ニュースに不祥事として出てくる話題はただの氷山の一角に過ぎません。
また、利益相反は、不正行為以外にも日常的に存在します。
ビジネスにおいても、家庭内においても、恋愛においても、人間関係が存在するところにおいては、どこにでも大なり小なり利益相反が存在します。
例えば、会社と社員の本音はどうでしょうか。
会社は、従業員には黙って与えた仕事をミスなく早く正確にこなして欲しい。
残業を払わされるなら残業はしてほしくない。残業を払わないでいいなら、いくらでもしてほしい。
給料やボーナスはなるべく払いたくない。
社員になるべく責任を与えたい。権限は与えたくない。
社員にはなるべく単調な仕事だけしてほしい。
同じパフォーマンスが生まれるなら、できるだけ安く使える社員を雇用したい。
ノルマは達成してほしい。
有給休暇は使ってほしくない。
それに対して、従業員は会社に対してこう思っています。
仕事はなるべく楽しいものがいい。毎日短調な仕事はつまらない。
多少の仕事のミスは多めにみてほしい。
残業した分は残業代がほしい。ただ働きはごめんだ。
給料やボーナスは高ければ高いほどよい。
権利はほしいが、責任は避けたい。
会社には、クリエイティブなアイディアを受け入れてほしい。
自分のパフォーマンスに見合った報酬は、もっと高い。
ノルマは低くしてほしい。
有給は「権利」なんだから、全部自由に使えて当たり前。
本来は、会社も従業員も、会社のミッションを遂行し、社会貢献すると同時に金銭的利益を生む、という共有の目的を持ちながら、一方でこのような利益の対立があるために、「需要」と「供給」の原理が働き、社員の「市場価値」に応じて報酬が支払われます。
社員としては、会社はこういうものなんだという事を理解する必要があり、経営者は、社員とはこういうものなんだということを理解しておく必要があります。
なぜなら社員は、会社と自分の利益相反の根源を理解しなければ、組織に操られるだけの、ただの操り人形になってしまいます。
また、自分自身には会社と対立する動機があるという事実と、それは具体的に何かを理解しておかなければ、大事な場面において賢明な判断をすることができなくなり、結果としてキャリアにネガティブな影響を与えてしまします。
経営側においても、社員の動機を知り、正しい対策をしなければ、モラルハザードや、離職のリスク、評判に傷がつくリスクなどにさらされることになります。
つまり、お互いの動機の対立を知ることが、自己防衛に繋がります。
オレオレ詐欺や、結婚詐欺師の被害者は、何らかの形で感情を撹乱され、正常な判断ができないようになっています。
某教団に全財産と正常な人生を奪われた信者も同じです。
こういった社会の歪みに人生を狂わされた被害者は、「利益の対立」を冷静に認識していれば、最悪の事態を免れることができたはずです。
話が少しそれますが、先日、不動産業者の方と話す機会がありました。
営業の方から詳細な提案書を作っていただき、懇切丁寧にリスクについてあれこれお話しいただきましたが、結局その不動産案件への投資は断念しました。
最後まで提案の詳細なロジックを聞いてなお、リスクの全容が見えなかったからです。
そして、一つ明確だったのは、そのリスクを追うのは自分であり、不動産投資業者は、消費者が追うリスクからリターンを得ている事です。
詳しくは書きませんが、一番大きなリスクを追うのは個人で、そのリスク回収のメリットを最初に受けるのが業者、その次に個人というのがこのシステムの概要だと判断した、というのが今回投資を見合わせた理由でした。
まあ不動産投資も保険も、消費者にリスクをトランスファーして業者がリターンを得るビジネス・モデルなのですが、わかってはいたのですが、リスクの額があまりにも大きすぎ、複雑すぎました。これなら、もっとシンプルでコントロールしやすい投資方法の方が自分には向いていると思いました。
その利益は相互か、対立か?
仕事でもなんでも、誰かと関係を持つ以上は、共通の利益、相反する利益を意識する必要があります。
例えば、結婚生活なら、女性は結婚前は男性の年齢、年収、身長、学歴を重視します。逆に男性は結婚前は女性の年齢と外見を重視します。
これらは相反する利益なので、「需要」と「供給」バランスからお互いの交渉力のパワー・バランスが構成されます。
一方、二人が共有する利益は、お互いの気持ちが一致していることです。
例えば、「子供がほしい」は、「対立」か「共有」か?
もちろん、対立は少なく、共有する利益が多いほどいいに決まっていますが、どんなに相性のいい2人であっても利益の対立は絶対にあります。
お互いのメリットをうまく処理できれば問題なく、そのためには、やはりまずは対立の元を理解する必要があります。
次に、リクルート・エージェントと、いい人材を採用したい会社(クライアント)を例にとってみましょう。
このケースでは、エージェント、企業(クライアント)、人材、の3者による利益の対立構造が生まれます。
リクルート・エージェントの関心は、なるべくハイスペックな人材を高い年俸(=高い報酬額)でクライアントに採用させること。
企業の関心は、なるべく優秀な人材(ハイスペックと相関性あり)をなるべく低い年俸(=少ない人件費・コンサルティング料)で採用すること。
人材の利益は、なるべく自分のスペック以上のポジションに、なるべく高額の年俸で採用されること。
これらの利害関係をまとめていくと、
エージェントと企業の共通の利益は、いい人材が会社に採用されること。
エージェントと人材の共通の利益は、なるべく高い年俸(=高いコンサルティング料、高い年収)で企業に採用されること。
企業と人材の共通の利益は、滞りなく採用が完了すること。
これらをまとめると、以下のようになります。まあケース・バイ・ケースなので一概には言えませんが、一例として、こういう状況がありえます。
利益 | 企業 | エージェント | 人材 |
年俸 | 低い | 高い (間接的) | 高い |
コミッション | 低い | 高い | 高い (間接的) |
人材の能力 | 高い | 高い | 低い |
人材のスペック | ポジションによる | 高い (間接的) | 低い |
採用決定時期 | 早い | 早い | 早い |
採用条件 | 少ない | 少ない | 多い |
年俸においては、エージェントと人材が利害を共有し、企業と対立します。よって、エージェントが人材に変わって企業を相手取って年俸吊り上げの交渉をします。
年俸が高ければ高いほど、エージェントに高額のコミッションが入るからです。人材にとってコミッション額などどうでもいい事ですが(実際は、自分の給料の3〜4割がコミッションとしてエージェントに流れていることになりますが)、エージェントとタッグを組み、年俸とコミッションを高くする交渉をする形になります。
つまり企業にとっては、お金を払って雇った業者に敵対されることになります。
企業にとっては、能力のある人材が欲しい。エージェントも、高額の年俸を要求できるため、企業に高いスペックを要求してもらいたい。だからエージェントは企業のために、スペックの高い人材を探すわけです(人材の能力は企業が雇ってみないとわからないが、一般にスペックと能力が相対関係にあることは企業も知っているため)。
一方、人材としては、なるべく企業には過度な期待をしてほしくないが、できれば能力以上の待遇で雇われたいと思っている。したがって、自分のスキルを実力以上にアピールする。エージェントも、人材をなるべく高く評価してほしいから、人材のアピールを後押しする。
唯一3者共通の利益のは、なるべく早く採用をプロセスを終わらせたいということ。
年俸以外の条件は、企業はなるべく少なくしたい。面倒臭い条件は出さないでほしい。エージェントも、年俸以外の条件は、通常コミッションと関係がないので、なるべく出さないでほしい。
かたや人材は、年俸以外にも、有給の日数や福利厚生、テレワークやフレックス制度など、なるべく好条件を追加したい。だから、どうしてもそういう条件を追加したい場合は、まずエージェントと交渉します。
そしてエージェントは仕方なく企業に対して、「今この人に辞退されたらお互い困るから」と妥協案を提案します。
こんな感じで利益相反について理解していなければ、自分の客観的立ち位置がわからず、正しい交渉力を行使することができなくなります。
一般のビジネス交渉や、事業判断、キャリア・プランニング、政府や政治家の動向観察、ある人に個人情報を情報を開示していいのか否かの判断、パートナーの選定、有名YouTuberのオンライン・サロンに登録するか否かの判断、明日のデートの前に美容院に行くべきかどうかを決定したいときなど、さまざまな場面で利益相反の評価と分析が役に立ちます。
まとめ
- 一般にいう「利益相反」は縁故採用、贈賄、天下り、身内優遇など、本来公正な判断を要するところに、個人的な利益に関わる動機に裏付けられたバイアスあるいはその可能性により、判断の信頼性が損なわれる状態を差す。利益相反には開示の義務があり、開示せずにその判断の権限を行使することは不正とされているが、まだまだ取り締まられていない利益相反は存在する。
- しかし、それより小さな、広義の「利益相反」は、ほとんど全ての人間観関係に多かれ少なかれ存在する。
- 広義の「利益相反」の分析は、クリティカル・シンキングの基本であり、相手と相反する利益と共通の利益を区別することで高い判断力、交渉力を獲得することができる。
参考文献
INVESTOPIA, 2022. Conflict of Interest Definition. [Online]
Available at: https://www.investopedia.com/terms/c/conflict-of-interest.asp
[Accessed 5 September 2022].
Olugasa, O.; Abiri-Franklin, S.; Olanrewaju, D., 2022. Directors’ Conflict of Interest and Its Implication for the Sustainability of a Company. Society & Sustainability, 4(1), pp.84-93.