だれも自信のない人間についていきたいとは思わない。では、自信をどうやったらつけられるのか?それが長い間、自分の中でのテーマだった。
自信とは別に、アイデンティティ(自分が自分であること)という概念がある。自分のアイデンティティを守ることは人間が生きる上で絶対に大切だ。
年齢を重ねるごとに、プライドはかえって邪魔になる。間違いは認めなくてはならないし、自分より年下の相手であっても、彼らから学べるものは学んでいく姿勢は大切だし、同じ人間同士、基本的には自分と同様に人権を持つ人間として尊重し合うべきだ。
絶対に譲れないアイデンティティは、余計なプライドとは違う。
俺はコロナが始まる直前に、社内政治に嫌気がさして組織を追われるように退社した。
要するに、戦いから逃げた。
社内の敵から権限を取り上げられ、徐々に失脚の道をたどる事に耐えられなかった。プライドが許さなかった。
その後のコロナで、再就職も儘ならず、途方に暮れていた時期があった。
その時期およそ3か月。
家族はおそらく生きた心地がしなかっただろう。
一度は内定が出た会社から、コロナの影響により、ポジションの開設を取り消すように本国から命令が出たと説明を受けた。
その後、何社の面接を受けても、断られ続けた。
自分より10歳も若いリクルーターから、「あなたの経歴では、前職年収の半分が相場ですね」などと言われ、その言葉を信じて、これまで築き上げたマネージャー職の履歴を捨て、一般中途採用の一兵卒からやり直す覚悟をした。
しかし、それは間違っていた。
最後の最後に、ある会社から、前職以上の年収・条件で雇用されたのだ。
そしてその後、別のリクルーターやヘッドハンターからマネジメント職の打診が途切れたことはなかった。結局、パンデミックが始まったショックで、世界の雇用市場が数か月の間たじろいでいただけだったのだ。
あの時あのリクルーターの口車に乗って、キャリアダウンに甘んじてしまっていたら、数年の時間を失っていただろう。
ハッキリ言って、あの若いリクルーターは、クライアントの将来など興味がなかった。
ただ、ノルマを達成し、コミッションが欲しいだけなのだ。
自分を経験豊富に見せ、親身になってコンサルティングしている振りをし、自分のアドバイスがあたかも全知全能の神の声であるかのように絶対に正しいと信じ込ませ、キャリアアップだろうがキャリアダウンだろうがとにかく就職を決めさせる。それが彼の目的だったのだ。
何か挫折を味わい、自信を喪失したときは、こういう人間に騙されやすい。
もちろん、このリクルーターの青年は、仕事はそこそこできると評価されているのだろう。そして、悪気もないのだろう。ただ自分の成績を上げることを目先の目標とするあまり、本来のキャリア・コンサルタントの使命を忘れていたのだと思う。
これは、人間の悪意ではなく、弱さであり、未熟ゆえの能力的な限界。
そして、この程度の挫折で自信を失い、未熟な人間に騙されそうになった自分も未熟だったが、運が味方してくれた。
後でわかったことだが、人間が実力以上の力を発揮し、何かを成し遂げるには、自分を信じることが必要だ。
それを強く提唱する学者の一人に、アルバート・バンデュラという人がいる。
彼は、その魔法のような力を持つ自信をセルフ・エスティーム(self-esteem)、ローカス・オブ・コントロール(locus on control)、セルフ・エフィカシー(self-efficacy)、という3つの言葉で表現した。
それらは、このように定義される。
Self-efficacy is a judgment of your own capabilities. Self-esteem is a judgment of self-worth. Locus of control is a belief about where outcomes are determined by one’s actions or by forces outside one’s control.
(Bandura, 2006)
つまり、セルフ・エフィカシーは目標を達成する能力の自己評価。セルフ・エスティームは、自分の人間としての価値に対する自己評価。そして、ローカス・オブ・コントロールとは、自分が望んだ結果は自分の行動によって得らるものだと信じるか、あるいはどれだけ努力したところで結局運のような見えない力に支配されていると信じているのか、という信条のことを指す。
これらすべては大切なことだ。
自分の運命は自分で切り拓くもの。だからローカス・オブ・コントロールは高い(自分でコントロールできると信じている)方がいい。会社にいやな上司がいるなら、そんな会社を選んだ自分の責任だ。上司を黙らせるか、もっといい会社に転職すればいい。自分のチームの成績が振るわないのにはきっと理由がある。でもその理由を予測し、対策を前もって打たなかったのは自分の責任だ。あるいは上司にそう助言できなかった自分に責任がある。「想定外は無意味な言い訳」だという事を覚えておく必要がある。逆に、どんな苦境もとらえ方によってはチャンスになる。そして、アクションを起こすのは自分しかいない。
また、あなたがどんなに容姿端麗だろうが、醜かろうが、能力があろうがなかろうが、人間はみんな尊い。高いセルフ・エスティームを持つ権利は誰にでもある。ただ、人を見下したり、無意味は優越感を持ってマウントを取ったりするのは、実は低いセルフ・エスティームに起因している場合が多い。これは、偉大な心理学者アドラーも言っている。
そして、セルフ・エフィカシーは人間のモチベーションの原動力である。誰も、どんなに努力しても無駄だと思っていることに、労力と時間を投資しようとは思わないだろう。自分ならできる。努力すれば必ず成功する。仮に失敗したとしても、その失敗から必ず何かを学び、大きく成長できると信じること。
多くの日本人は、ある時からこの3つの自信を失ってしまった気がする。
バブルの時代はすべてがうまく行っていた。
ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われ、アメリカからも恐れられた。
でも今の日本に、この勢いはない。
一個人が偉そうなことを言うつもりはないが、日本という国がいまだに立ち直っていないのは、この国が当事者意識、目的意識、自信を失ってしまったからではないかと思う。
最後に、これまた心理学の巨匠カール・ユングが、1957年のインタビューでこう言っていた。
人類は、もっと心理学を学び、人間の本質を知らなければならない。
世界を滅ぼすものがあるとしたら、それは戦争ではなく、それを起こす人間だ。
自分を知り、自分を見失ってはならない。
もし十分な理由があれば、私はいつでも、いかなる仮説も信じるだろう。それが自分のこれまでの研究から導き出した結論と矛盾する事であっても。
人間は常に前を向いていなくてはならない。後ろ(過去とその遺産)しか見ない人間は、頑なで、成長を拒み、死ぬ瞬間にきっと後悔する。
もし、技術が発展し続け、すべての自動化が進んだら、究極的には何もない世界しか残らない。
人間はそうなる前に、きっと抵抗して何とかするはず。
(The Introverted (2019))
そういえば昨今、AIの脅威ついて、いろんな著名人が警鐘を鳴らしている。
人間が運命は自分でコントロールできると信じ、自分たちにまだその能力があることを信じるならば、きっと策を講じるだろう。
AIを制止できるのは、人間が作ったAIしかない。
AIチェスのように、AIの成長を何手先までもAIに予測させ、その対策を作らせる。
そして、悪用されぬよう、暴走せぬよう、人間に奉仕する存在にできるはず。
ユングはそれまで見通して語っているようだった。
Selected Bibliography
Billy Perrigo, February 17, 2023 10:58 AM EST. Tech Artificial Intelligence: The New AI-Powered Bing Is Threatening Users. That’s No Laughing Matter. [ONLINE]Available at: https://time.com/6256529/bing-openai-chatgpt-danger-alignment/
Rogers, C. R., 1957. The necessary and sufficient conditions of therapeutic personality change. Journal of consulting psychology, 21(2), p.95.
Bandura, A., 2006. Guide for constructing self-efficacy scales. Self-efficacy beliefs of adolescents, 5(1), pp.307-337.
The Introverted (2019) Thinker Interview with Dr Carl Jung 1957. Available at: https://www.youtube.com/@TheIntrovertedThinker (Accessed 2 May 2023)