人間は誰しもが承認を求めている、というのはビジネスに従事する人なら誰でも一度は聞いたり読んだりしたことがあると思う。
ここで日本語に訳されている”承認”とは、”approval”とすると分かりにくい。アメリカのカウンセリングの巨匠、カール・ロジャースの言葉を借りれば、この意味は”acceptance”、つまりありのままを受け入れられることである。
とりあえず、「お前は間違っている」などの説教をせず、自分という人間を理解してくれ、「一緒に」感情を感じてくれ、それでいて、「あなたは変わらなくても、そのままで十分に価値のある存在です」と認めてくれることである。
従って、そこに自分の意見を挟むことは慎まなくてはならず、間違っても頼まれてもいないのにアドバイスをしてはならない。それは完全な信頼関係が出来上がってからで、相手があなたの能力や特質を認識し、アドバイスを求められたときにすればよい。
上司であっても、この関係が出来上がる前に説教をしてしまうから、「クソ上司」のレッテルを貼られてしまうのである。表向きは慇懃にされていても、心の中で下を出されていては意味がない。
カール・ロジャースのインタビューの記録を読むと、彼は全くと言っていいほど自分の意見を言ったり、クライアントに説教をしたりしない。自殺願望を持つクライアントが来ても、止めなかった。クライアントが驚いて理由を聞くと、「あなたには自分にとって何が正しいのか、自分で判断する能力があると信じている」と返答している。これには賛否両論あるだろうが、それくらい徹底して「すべての答えはクライアント自身の中にある」という信念を貫いた。そして、それどころか質問もほとんどしていない。ただ、相手の話に全身全霊を傾けて傾聴しながら、全身でこれを表現した。
I’m with you.
私は、あなたと一緒にいます。
そのために、うなずいたり、相槌を打ったり、表情を変えたり、相手の言っていることを要約したり。
最初は、これはただのオウム返しで、AIだってできるじゃないかと思ったが、そうではない。いつの間にかクライアントとの間にこれまでにない関係が生まれ(というかクライアント側が勝手にそう感じている)、恋愛感情でもなく、家族愛でもなく、友情でもなく、これまでにない心地よさを感じさせるようになる。時には、精神的に未熟な人は過度な依存心を芽生えさせたり、恋に落ちてしまったりするようだが、ロジャースはその時だけは明確に「No」の意志を示した。だが、多くのクライアントはこれによって精神的な束縛から解放され、自己肯定感を高め、小さな心の変化だが、とてつもなく大きな意味を持つ変革を遂げた。
ビジネスや人間関係でも共通点が多い。人間の多くは自信がなく、不安であり、褒められてはいても「受け入れらている」と感じることはない。
褒められるという事は、ある行動や結果を称賛されることなので、条件付きだ。もしかすると、褒められる行動には疲労を伴うかもしれないし、自分ではない誰か別人を演じている場合もある。褒める側に下心がある場合もある。それに対して、acceptance = 受け入れることは、無条件だ。自分という人間存在とその感情を理解し、部分的にでも共感し、認めてくれることが、いかに有難く、うれしいことか。
これによって何人もの心を掌握し、経済や政治のトップに上り詰めた人間がいる。
漫画の主人公でその代表的なのが、『銀と金』(福本伸之)の平井銀二だ。彼は人たらしの帝王で、この方法で何人もの悪党を手玉に取り、自分がのし上がる踏み台にしてきた。
もちろん、この方法は悪用してはならないし、ロジャースだって、自分が提唱したセオリーをそんなことに使われるのは不本意だろう。しかし、世の中はいい人ばかりではない。要は、自分より弱い人間を貶めることに使ってはならないわけで、クソったれには罰を与えてやってもいい。悪党を踏み台にのし上がり、手に入れた権力で弱者を救ってやればいい、と俺は思う。
…つい自分の意見を言ってしまった。
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