今回は、アメリカのペンシルバニア州にあるテンプル大学と、中国上海の復旦大学(フーダン・ダーシュエ)の共同研究による論文についての記事を書こうと思います。
目次
個人的に親しみのある2校
実を言うと、テンプル大学と復旦大学は、2校とも僕にとって馴染み深い学校です。
とは言っても、卒業証書をもらったわけでも教壇に立った事があるわけでもありません。
ただ、テンプル大学の東京校は、僕自身が2001年に半年ほど籍を置いていました。
ちょうど9月11日にニューヨーク同時多発テロの直後くらいです。
当時僕はアメリカ留学の準備をしていた時であり、アメリカの大学の環境に慣れさせようという意図から、通いやすい日本のキャンパスで英語の勉強をしようと考えたからです。
結局独学でTOEFLの勉強に集中するのが留学の早道だと思って半年で退学しました。
本校に行くことはありませんでしたが、僕がアメリカ留学を決めた理由の一つである、『狼たちへの伝言』という本の著者である、国際ジャーナリストの落合信彦氏(息子さんがデジタル・ネイチャーの分野でご活躍されています)が卒業した大学院でもあり、一時は本校への留学も考えていました。
理由は、高校の成績が悪すぎて入学が難しかったのと、予算の都合で断念しました。
復旦大学は、私がアメリカ留学中に同じ上海の交通大学(チャオトン・ダーシュエ)の奨学金をもらって1ヶ月留学し、復旦を訪問した事があったり、在学中の友人がそこに留学していたりで(その人は大学院まで進め、カリフォルニアバークレー校に就職してアカデミアの道を行きました)、在籍期間こそないものの、中国に長期留学を検討していた時期があり、どうせ中国に留学するなら、北の精華大学(チンホア・ダーシュエ)か、南の復旦大学か、と考えていました。
中国の別の研究はこちらから。
結局、2校とも憧れに終わった大学です。
結局のところ、当時の僕には学力とお金、何よりも行きたいという気持ちが足りていませんでした。
そして、最終的に選んだのは、カリフォルニア州立大学でした。
モバイル・マーケティングの到来
どうでもいい前置きが長くなりました。
今日ご紹介する論文は、ビジネスにおける新しい時代の到来を実感させるものです。
テンプル大学のトン・シーリアン教授を始めとする先生方が、デジタル・マーケティングに関する論文の調査やサーベイを行い、現代におけるデジタル・マーケティング、企業による顧客との関わり方について、データ分析を行なっています。
中でも特に、スマホの普及によるマーケティングへの影響に焦点が当てられています。
B2CマーケティングだけではなくB2Bにも関連する内容です。
特にビジネスにおいては、大部分の企業は、B2Bつまりbusiness-to-businessの領域で仕事を行なっているので、この点は重要です。
アカウント・ベースド・マーケティング(ABM)
まず、大きな特徴として、スマホ及びスマホに搭載された多機能により、ターゲット層のハイパー・コンテキスト(詳細な環境)を分析することができることになりました。
これにより、従来の、一つの方法で全ての顧客にアプローチする方法はではなく、B2Bであっても顧客ごとに個別のマーケティング(ABM = account-based marketing)が可能となり、それが主流となってきています。
余談ですが、僕が先日会った不動産企業は、近年まではセミナーのみを中心とした新規が開拓を行なっていましたが、それだけでは、需要があるのにリーチできない層があります。
不動産投資に興味のある人には、忙しくてセミナーには出られなかったり、セミナー自体が嫌いな人も中にもいます。
そして、不動産に興味があり、投資をする年齢に当たる層は、ほかにどんなものを好む傾向にあるのか、というデータも、当然インターネットを使えば入手可能です。
結果として、スマホの機能の向上、例えば画像の解像度、音声の質、処理速度、便利なアプリの登場などが、そのままデジタルマーケティングの効果に影響するようになりました。
そしてその効果はポジティブな効果であり、デジタル・マーケティングを取り入れた企業にとっては追い風要因です(競合にとっては脅威かも知れませんが)。
マーケティングの基礎とも言えるマーケティング・ミックスも4P(Product =製品・商品・サービス、 Place = 市場、Price = 価格戦略、Promotion = 売り方)から、AI・機械学習を使用したPrediction(予想)が加わった5Pに変わります(Tong et al., 2019)。
デジタル・マーケティングのトレンド
アマゾンなどのECサイトなどを見ているとよく分かりますが、消費者の行動パターンをデータ化し、顧客の購買ニーズやウォンツを満たす、商機を逃さない、あるいは「予期する」商機を作り出すことも、業界の当たり前となってきています。
デジタルの世界では、消費者にコンテンツを創造してもらい、コミュニティーに参加してもらい、身を没頭あるいは貢献してもらう(エンゲージさせる)プラットフォームを使ったマーケティングも行われていますが、これには従来のマーケティング以上にシステム構築に労力を要します。
しかし、構築されれば大きな利益を生み出す事も可能です。
また、その消費者によるコンテンツに当たるスマホのマイクロブログ(ツイッターやフェイズブック、レビューやコメント欄などの短いブログのようなもの)は、従来のマーケティング方法やPCを使ったウェブサイトの記事などよりも、オーディエンスの感情を揺さぶりやすい事も研究でわかっています。
これは、データを見るまでもなく、SNSで炎上が頻繁に起こっている事を見ても容易に分かります。
また、消費者による口コミの方が、具体的で、宣伝効果も高い事もわかっています。
新しい情報の”ハブ”としてのスマホと、新しいリスク
しかし、セキュリティーや名誉毀損などの新しい問題も上がっています。
ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)の言葉を借りると、よくも悪くもスマホは新しい個人の情報の”ハブ(中枢部)”となり、個人の情報受発信の大部分は、この小さなデバイスを通して行われます。
従って、リスクもスマホに集中します。
企業は、このリスクを軽視してはなりません。
2018年に行われた調査によると、携帯電話のユーザーは平均すると1日5時間以上をスマホに費やし、このままいくと2023年までに世界人口の過半数が、最低ひとり1台の携帯電話を持つようになると言われています。
そのパワーは、10年以上前の人類の想像を遥かに凌駕します。
スマホを用いた企業の積極的な取り組み
スマホによる企業の販促活動への影響も顕著です。
2014年の時点で、モバイルによるセールスへの影響が、そのまま企業の成長に直結する、つまり会社の命運を左右するとの論文が発表されています。
特に、携帯のアプリを開発し、販促に活用する企業は、平均19パーセントから22パーセントの売上アップを達成しています。
もう一つ面白い研究があります。
モバイルを使ったマーケティングの結果、顧客のプライス・センシティビティー(価格感度=価格が1円上がるのに対し、売上数量がどれだけ減少するか)の高さは、国や地域ごとによって違います。
2018年に行われた研究によると、「価格感度」とその国の文化の「男らしさ」へのこだわりの度合い及び「不確定要素を避ける傾向」の間に正の相関性があることがわかっています。
これによると、日本は男らしさへのこだわりと不確定要素の回避で非常に高いランクにあります(男らしさは世界でもトップクラス、不確定要素の回避は、アメリカやほとんどの欧州諸国より高い)。
この理論でいくと、日本人にとって「価格」はとても重要であるという事です。
グローバルなビジネスを展開する企業は、当然このような地域的特性を考慮し、文化圏ごとに違った”5P”を構築しています。
また、細かいところでは、雨の日は晴れの日に比べると、10パーセント以上売上が低い傾向にあるとか、そういったデータを元にプロモーションを掛けたりすることも行われるようになりました。
このように、対象や状況に合わせマーケティング手法も多様化しているのがトレンドです。
結論
最後に、この論文は、モバイル・マーケティングの根底にあるAIのアルゴリズムは所詮人間が造ったものであるから、完璧ではないし、ミスも多い、それに、消費者の多くは、まだまだ機械ではなく人間に感情的なケアを受けたいと思っている、という事を強調していました。
しかし僕は、これはあくまで論文が書かれた2019年までの事だと思います。
他の論文では、機械であっても精神的なケアをする事は可能であり、下手な人間よりも心のサポートになっていると感じる消費者も少なからず存在しているというデータもあります。
その論文の詳細は、またの機会に。
Reference
Tong, S.; Luo, X.; Xu, B. (2019). Personalized mobile marketing strategies. Journal of the Academy of Marketing Science. 48, 64-78